人生の意味

人生の意味

人生の意味

現代は特に「生きる意味がわからない」という人が多い時代かもしれません。


文明は進みましたが、ますます時代は狂気に満ち溢れ、町を普通に歩いていても自分が誰かもわからずに、犯罪予備軍のような目つきをして歩いている人を見かけます。


私もかつては将来に金銭面で大きな不安を持ってずっと生きてきました。


  • 全国第三位までの大学に入るまで死ぬほど勉強したこと
  • 超有名企業に何とか入社したものの今でいうブラック企業で退職せざるを得なかったこと
  • 今まで目的としてきた学歴、キャリアをすべて失って生きる意味に大いに迷い何度も自殺を考えたこと
  • 何とか再就職したもののプライドがズタズタになるまで蔑まれるような仕事に耐えてきたこと


など大きな節目は何度かありましたし、記憶にあるのは夜遅くまでこれからどうしようと途方に暮れることもありました。


参照


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今でも思うのは、ビリーマイヤーさんの著作との出会いは人生の大きなターニングポイントでした。


今ここを読んでいるユーザーの方でかつての私のように人生で超えられないような壁の前にいる場合もあるかと思います。


ネット上やいろいろな嘘を書いた本には


「人生には答えはない。探すのが人生だ。」


というようないかがわしい議論をしているものもあると思いますが、理論上答えもなく宇宙が成立するはずもありません。


宇宙が成立しているのはその開始時点から確信めいた理論があり、それを元に構成されているのです。
是非、最後まで目視していただき、もう一度人生を考えてほしいと思います。


人生を生きる本当の意味とは、あなたの中にあるものです。


外をいくら探しても、死ぬまで(死後も)100%見つかることはありません。


あなたは誰か?


あなたには名前はついているかもしれません。


親がつけた名前でありがたく感じているかもしれませんが、それは嘘です。


あなたは名前ではなく、その肉体でもありません。


結論からいいますと、あなたの中には生命や自然そのものが存在しています。


地球ではそれを誤って「神」と呼んでいます。


神とは仏像のような石や木ではなく、キリストのような聖人でもありません。


正式には神とはかつて地球を生きた偉人のことであり、ただの人間です。


生命や自然とは何かの聖人や仏像のような形を持ったものでなく、純粋な精神的なエネルギーを指します。


神を作ったのはビリーマイヤーさんが創造と呼ぶ、おそらく生命という存在だと思います。


しかし私も創造のことはよく理解できないので、ここで議論はしません(できません)。


あなたは自分を見つめることをしてきたでしょうか?


自分とはどうして向き合えるでしょうか?


自分と正しく向き合う方法


ビリーマイヤーさんは瞑想を勧めます。


宗教じみて非常にいかがわしいものに感じるのですが、私も10年以上もやってきましたが、普通の瞑想ではありません。


ただ自分の呼吸の音の鳴る箇所にひたすら注意するというものです。


思考をせず、何も思わずに注意だけします。


すると思考(外的自我)が止まり、そのときに本当の世界の姿を見ることができるようになります。


サティパターナ瞑想


純粋な注意ではただそこに生命、自然しか存在していないことがわかります。


  • 見栄
  • 嫉妬
  • 虚栄心
  • 落胆
  • 嵐のような感情


その他一切の日常で自分と感じる肉体、感情、思考が存在しないことがわかります。


おそらくこの宇宙には生命しか存在しないのではないでしょうか?


今の私のレベルではそこまでの感覚しかわかりません。


人間の思考などはすべてが偏見を含んだものです。


  • 教授
  • 偉人
  • 専門家
  • 先生
  • 聖者、聖人
  • 宗教上の偉人
  • 精神世界やスピリチュアル系の理論


彼らもただの人間にすぎず、思考から独立することはできませんし、真の瞑想をすればそれはすぐにわかると思います。


また自分で賢いと思っている人でも痛み、死が近いときの恐怖感をどの程度克服できるのかわかれば自分の小ささに笑ってしまうでしょう。


(私の真の目標とは死も含めてあらゆる精神的な痛みに打ち勝つ精神力を獲得することでもあります。
もっとも今のレベルではその1%も達成できてはいませんが・・・。)


世界で100%正しいのは思考を100%止めたときに感じることだけです。


それはあらゆる人間の思考が含まれないという点で完全な客観性に由来するからです。


釈迦はこのような状況で


  • 自分とは誰か?
  • 宇宙とは何か?
  • 生きる意味とは何か?


などを意識上で体得したのかもしれません。


それを今でも悟りと呼んでいる人がいます。


私もこの10年でいろいろな激情を感じつつ瞑想に入ることがありましたが、客観的な瞑想に入ればどのような激情も所詮は嘘であることが理解できることがありました。


また肉体の感覚も完全に失うこともあり、肉体は本当は存在しないものであることも感じたことがありました。
もし今何かの不安や悲嘆で人生の意味に迷っているなら断言しますが、その一切の感情はあなたとは関係ありません。


おそらく数日後には存在していないか、別の形に変質しているからです。


しかし生命は変化というものがないようです。


それを古来から永遠などと表記されてきました。


本当に存在するものとは


「ずっと今も同じ動きをしているものの、状態の変化が一切ないもの」


ということだと思います。


自分の中に生命を意識する方法


あなたはこのページを見たときに存在していましたが、このくだりを読んでいるとき見始めたあなたは宇宙のどこにもいません。


釈迦はこの宇宙の動きや変化を無常と呼びました。


そこではとどまれるものは一切ありません。


無常については私も何度か意識上で確認しているのでまず間違いないといって良いと思います。


時間とは意識上で大河の流れとして確実に感知できます。


2011年6月19日35歳 無常と死の恐怖


しかし無意識に確実に作用している力があります。


たとえば


  • 血流
  • 神経
  • 呼吸


などです。


あなたはこれらを人生で一瞬も意識をせずにこれらを機能させてきたでしょうか?


100%断言しても良いですが、勝手に自動的に行われてきているはずです。


これを可能にするのが生命です。


それはまるで機械のような正確さで、あなたの肉体、思考を動かし、そして人を活かします。


それが創造の一端でもあるようです。


人間の生きる意味とは何か?


私が生きる意味について疑問に思ったのは幼稚園に上がる前だったと思います。


今も十分な回答は正直いってありません。


この点、大げさな題でこのページを作成して申し訳ないのですが、


  • 瞑想の客観感性によれば、生命はただ生きる、存在するしか意思はないように見える
  • ドイツ語インパルスの体験によってどうも前世までの体験はどこかのルームやデータセンターのような箇所に集積されている
  • 自殺しても何度も人生は繰り返し続くようだ


2009年32歳 前世までの記憶・知識が詰まったデータルームに遭遇する


ということがわかっています。


自殺をすれば一時的に苦悩が解消されるかもしれません。


しかし同じような精神状態、人生の状況でまた生まれ変わってきます。


つまり今直面している問題を今克服するのか、次回の人生の開始時に克服するのかという違いだけということです。


ときどき特殊な状態で生まれてくる子供がいたり、またすぐに亡くなる子供がいますが、前回の人生でややこしい終わり方をした可能性もあるようです。


生命が上記のように永遠なので逃げることはできないのです。


(この法則を感じたとき、激しく生命を恨みましたし、今もなぜそこまでして宇宙は存在するのかと思うときもあります)


私も確実に今までのドイツ語コードで見た景色、瞑想体験をリンクさせられてはいないのですが、人生の目的とは2つめのデータルームへの精神的な記憶や知識の集積にあると推測しています。


もっともそれを意識上で目視しなければそんな推測に一文の価値さえもないのですが・・・。


嫌でも生命によって生かされ、逃げもできず、集積に意味があるとすれば楽しみながら集積をして、あとどれほどの回数の人生を生きないかわかりませんが生きたほうが得ではないでしょうか?


こう書くと果てしない修行のような人生の連続に茫洋としますが希望もあります。


人生の目的と手段とを間違えてはいけない


人生がうまくいっていないという方はいるかもしれません。


お金、仕事、家庭問題などいろいろなジャンルでの悩みはあるでしょう。


しかし基本的にはそれらがどうなるとあまり重要なことではありません。


  • 人生の目的 知識などの集積
  • 人生の手段 お金や仕事などあらゆる人生の諸事一般


という構図になっています。


お金に困っているという人もいるかもしれませんが、人生とは所詮はろ過されるものにすぎませんので、ただのダシのようなものです。


人生が終わったときにろ過し、細かい精神の粒として残るものだけに価値があります。


それを集積するのが人生の意味であり、お金があるとかないとか、仕事上の地位が低い高い、家庭内がどうなろうがどちらでも良いのです。


なぜならそれら物質的なことは所詮は手段やダシに過ぎないからです。


またそれにとらわれることは意識上で執着していることとなります。


人生の意味とは、これらの頭から離れないような問題を一切瞑想のようにして無視することでもあり、これが達成できれば自分の死を見ても動じなくなります。


自分に執着せず、死を看過できることは最大のメリットであり、こうなればあらゆる人生の問題は怖くはなくなるのです。


何度も人生を生きて、ご褒美はあるのか?


みなさんは瞑想をしたことがないかもしれません。


しかしこんな体験はないでしょうか?


  • あるすごく寒い日に冷え切った体で温かいお湯に入る
  • なんとも言えない幸福感、満足感を感じる


これは体温の不足を補給できたことで脳内に特定の物質が生まれた状態です。


この幸福感は実は生命から来ています。


私もかろうじで瞑想でこれを確認していますが、生命と一体となったときの幸福感は本当にすばらしいものです。


生命とは満足そのもの、幸福そのものでもあるのです。


辛いこともできれば笑ってこなして、いつかこの幸福そのものの存在になれれば大いなる希望といえないでしょうか?


ビリーマイヤーさんと生きる意味


スイスに超偉人のビリーマイヤーさんという方がいます。


地球には数人すごい人がいますが、そのうちの1人といって良いでしょう。


日本人でも、アメリカなどでも自分で偉人やグルといってつまらない教えを説く人は五万といますが、一切を無視してビリーマイヤーさんに師事すれば人生はOKだと思います。


またいかに現代の地球では嘘が多いかもわかるでしょう。


ビリーマイヤーさんを嘘つきという人もいますが、私は身をもって真実を語る人であることを痛感しました。
「ドイツ語を目視しありえない超体験をしたこと」


おすすめは「わずかばかりの知識」という書籍です。


今はアマゾンでも販売されていますし、フィグに連絡しても手に入るはずです。


図書館でも借りれるところもありますし、お金がないという場合には私にお問合せフォームから連絡をしてください。


今は「真理の杯」というものがあり、ドイツ語言語しかデータはないですが、これを目視するだけでも自分の中で変化を感じることでしょう。


このページを作成した理由


私も人生の少なくても半分は過ぎたと思います。


地球がますますおかしな方向に行っています。


予言するようですが、


  • 大きな地震
  • 食料が入手できなくなる日本人(外国での天候の変化やテロによる)
  • 減給、解雇などによるますますの窮乏
  • 大企業の信じられないような倒産や経営不振
  • 国家の大いなる窮乏
  • 経済的問題によるデモなどの増加


といった事態が20年向こうの間に起こってくる可能性は高いです。


毎年椅子取りゲームのように生活ができなくなる人が出てくるでしょうし、またこのまま行く危機感も感じています。


どうぞこのページを知人にも伝えてほしいと思います。


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私の考えはどうでも良いのですが、ビリーマイヤーさんの存在だけでも日本でもっと広まればと思います


そして少しでも人生を本当の意味で理解し、次回の人生をすべての人に今よりももっと価値のあるものにしたい、そのように思い作成しました。


新たな気づきがあれば随時加筆していくページにしたいのですが、テーマの割りに未熟な内容となっているのはご了承いただければと思います。