「生老病死」は苦悩ではない

「生老病死」は苦悩ではない

「生老病死」は苦悩ではない

投稿日:2013年5月1日


仏教では生老病死は苦悩であるとしています。


しかしここには重要な改ざんがあるように思います。


少し紹介します。


仏教の戦略が隠れている


生老病死が苦悩とすると実は仏教の利益があります。


苦悩ばかりの人生に人は希望を失います。


来世に希望を持つかもしれません。


しかし少なくても今の人生に希望はなかなか持てません。


そんなときにつらいことがあればどうなるでしょう?


絶望をするかもしれません。


このようなケースで、人は救いを求めます。


絶望を解消したいというのは、この世の中道を求める生命体の永遠の望みでもあるからです。


ちょうど寒い日に暖かい風呂に入ると心地よいように。


救いは真理でなく、現在では宗教に向く可能性が高いです。


すると、生老病死の理論は、やがて信者の獲得になります。


生老病死とは何か?


瞑想をすればわかると思います。


真実にはすべての場面で、苦悩というのは存在できません。


ただ生命・幸福があるのみであり、その他のものは存在しません。


あの領域には、苦悩はおろか、努力も、思い込みも、やりがいも、生命・幸福などといった精神的価値以外のものは何も存在しません。


従って、生老病死が苦悩であるというのは間違いであるようだと思います。