瞑想による認識記事一覧

投稿日:2018年6月5日2018年4月後半から5月の中旬にかけて真の自己について引き続き追求し、いくつか今までになかった感覚や気づきを得ることができました。今回は一気にまとめて今段階で固まりつつある認識について記載しておきたいと思います。2018年4月 認識の遅さに焦り禁断に手を出すこの1ヶ月ほど自分の中では急激に真の自己について認識の数を増やすことができました。1ヶ月前よりも何か真の自己につい...

投稿日:2018年5月11日これは2018年4月18日の寝る前の瞑想でようやく感じることのできたものです。当時は瞑想で突然気づいた感覚があって慌てて瞑想を切ってしまいましたが、普段とやっていることとそして感覚的な違いというのはありません。ただ最近では珍しくやや大きな瞑想体験となりました。瞑想でじっと見る精神を感じる冒頭でもいいましたが特に瞑想でいつもとやっていること、そして感覚的な違いはありません...

投稿日:2018年4月11日瞑想をしていて最近(3月下旬あたり)思うことがありまとめておきたいと思います。英語を勉強したことのある人は特に理解できるのではないかと思います。hearとlistenの違い昔学生時代に英語を勉強していて、やや面白いと思っていたのがhear 聞こえるlisten 聞くこの2つの言葉の違いです。大学入試でも初歩的な問題ではよく昔は出題されていたのですが、実はこの2つの単語の...

投稿日:2018年3月8日先月の2月下旬と3月初旬に2回のやや大きめな瞑想での認識がありました。両方とも精神的に追い込まれた時期の瞑想だったのか期日のメモを取り忘れましたが、記憶がある程度はしっかりとしています。備忘のために記事にしておきたいと思います。2月下旬の瞑想での認識 しか存在しない特にこのときは瞑想で違った体験や感覚を持ったということもありません。いつものように呼吸の音の鳴る2箇所に注意...

投稿日:2018年1月13日1月13日の瞑想で久しぶりに気づく体験をしました。事情でしばらく真理の杯のドイツ語を目視できない時期が続いていたのですが、最近はしっかりと目視できているのもきっかけだったと思います。1月13日の瞑想体験 一体化が幸福を生む自然なリズムの呼吸に注意をし、集中していくのはいつもと変わりありません。そして自然な幸福感を感じるのも同じです。ただ今回はいつもと違っていて呼吸という...

投稿日:2017年12月11日瞑想をはじめて13年ほどになるかと思います。最近瞑想以外の日常で1つ感じたことがあるので備忘のために記載しておきたいと思います。感情に対して冷静になれない自分私の場合、浪人生のころからリスク管理という意識が非常に強く働くようになりました。車の運転でも少しでもおかしい人がいれば遠く走る歩行していてもすれ違うときの人の表情をチェックして危険性を感知しようとする世界で新しい...

投稿日:2017年9月13日今回アップする記事はおそらく2017年7月末か8月初旬の瞑想体験です。実に不思議ですが、その日の夜の瞑想で経験した感覚の話で、その瞑想に入る直前に「今日は非常に重要な体験をするだろう」というかなり明確な予感のようなものがありました。半信半疑で瞑想で入ったのですが、瞑想の主に後半に素晴らしい感覚をたしかに感じました。なぜかまったく思い出せない私とは瞑想と感じる感覚のきっか...

投稿日:2017年5月9日昨日の夜いつものように瞑想をしていましたが、最後のほうでふと気づいた(感じた?)ことがありました。「2010年5月28日34歳 宇宙一の精神との遭遇」以前のビリーマイヤーさんのコンタクト記録を読んでいたときの思考超体験ですが、これと瞑想中の注意、純粋注意との共通点を少しだけ感じることができました。今回は備忘のためにこの共通点について記載しときたいと思います。宇宙一精神の特...

投稿日:2017年4月11日今回の認識は4月9日の瞑想での体験です。ただし一部思考による認識もあって、その分だけ確度は低いと見ています。しかし瞑想後も検討していく中で、一定の確度はあるように感じたので記事にすることにしました。この人はここ数年、創造の成分とは何か?真の自己の成分とは何か?について継続して考えてきたわけですが、その箇所について1つの仮説とはいって良いと思います。4月9日瞑想の体験 自...

投稿日:2014年1月3日1月1日か2日での瞑想での体験です。時間はかかりましたが、割合深い集中状態に達することができたようです。そこに侵入するときに違和感を感じました。簡単にいうと「日常の物質意識での感知・理解能力と全く異なるもの」があるという点で違和感を感じました。本当に深い理解領域で、「心の底から理解する能力」でした。またなぜかそこには「霊的世界」という表現も該当するように感じました。よく「...

投稿日:2013年12月3日月・火と連日大変仕事で時間を割く必要がありました。今日ももうこんな時間です。明日は仕事で訪問用事がありやはり時間はあまりなさそうです。実は、慣れていない作業が2つほどあり、それに手がかかっています。特に出版業務を今行っていて、その作業に時間をとられています。字数自体は6000文字の記事投稿ですので、大したことはありません。ただ経験がないので、その内容を推敲もするので時間...

投稿日:2013年5月2日この記事は過去の瞑想時のものです。少し特徴があった瞑想のために記載をすることにします。2年ほど前の瞑想時の話です。瞑想時に体が浮いた正確には瞑想を始めようと思ったときに起こったことです。瞑想を始めようといつもの座椅子に座ろうとしました。そして座ったか、座っていないかのぎりぎりのところでした。特に想念上は何もしていないのに、体の体重が突如無効化したように感じました。つまり体...

投稿日:2013年5月2日1年か1年6月前の間の瞑想でのことでした。いつもと変わらないような瞑想をしていましたが、突如瞑想を中断するような出来事が起こりました。夜に瞑想をしているのですが、当然近所の人はほとんど睡眠しています。そのためほとんど物音もなく瞑想をするのが多いのです。しかしその日は瞑想中に視線に突如「七色の光線が直接私の目に向けて差し込んでくる」ことがありました。瞑想中でしたが、まるでレ...

投稿日:2017年3月3日瞑想は呼吸に注意集中を行う行為である。その注意集中をうまくできると、次第に幸福感でつつまれる。これはもともと人間の奥の部分には幸福感が常時存在していることを意味する。つまり、嬉しいことがあった、良いことがあったということはきっかけえあり、常時内に存在する幸福感が意識に上って来たことを感知したにすぎない。つまり嬉しいことは幸福とは関係がない。瞑想は単純であるが、もし生きると...

投稿日:2010年4月14日瞑想中に継続的になっている音(冷蔵庫の音など)は瞑想前にはよく聞こえる。しかし瞑想で集中状態に入っているときにはそれが意識上では感知しない。ここから注意集中とは存在をなくすことができるとわかる。逆に、以前の瞑想の認識では注意が存在を成立させるということもわかっている。つまり、注意とは存在を成立させ、逆になくすこともできるようだ。絶対的なものは物質的な存在でなく、注意なの...

投稿日:2009年10月31日今回の記載内容はドイツ度の影響の可能性が高い。瞑想をしようと思い、座り、目を閉じた瞬間に一瞬で見えそして理解した内容である。瞑想中、意識は呼吸に注意しようとする。しかしこのとき想念が意識に押し出てきて考えを促す。注意は呼吸に向かいたい。このとき想念は注意に来てもらい、想念を開始したいので苦しさを感じている。つまり想念  ←  注意  →  呼吸という図式になっている。...

投稿日:2009年3月30日呼吸に集中していれば、あのすばらしい感覚になれる。人間の意識は、何かに集中することで、さまざまな感情・感覚になれる。怒り・不安、そしてあの素晴らしい感覚にも。「自分」というのも常に「自分」というものをあると思いこみ、それに埋没しているためあると思うのではないだろうか?精神病もその対象について考えなければ治るということとも関連するのではないか?創造も宇宙すべてを集中によっ...

投稿日:2006年8月12日瞑想で一定の感覚へ入ることができた。全身の感覚がうすくなる。自らが呼吸としての存在に近くなる。突然、呼吸がゆったりとしていることに気づいた。ものすごい安らぎ。そこには苦悩はみじんもない。さらに力を抜く。幸福もある。その存在は愛である。なぜならすべてにおいて生命とはそれを指し、それ以外の生命はないからである。すべての生命体は多様に見えるが、その実、すべてはそれである。つま...

投稿日:2006年7月17日最近は仕事の転職で大きな悩みがある。結婚はしたいが、そのためには転職が必要。しかし転職は相手の会社の意向もあり、思う通りにはいかない。また現職の仕事で時間・体力を削られ、思う通りにいかない。このような日中からの苦悩が瞑想中も想念として生じてくる。そんな中、瞑想で呼吸の一点に集中し、想念を止めると、その苦悩がなくなっていることに気が付いた。苦悩とは想念の中にしか存在しない...

投稿日:2006年5月29日ただひたすら在り、動き、同じことをし続けているのが霊。あれが霊である。それはただ単純である。そえには名誉・功名・権力・心配などは一切なく、世俗的なものは何も自らに付けようとはしない。それには名前がない。動きであり、その動きとしかいいようがない。それはそれである。男女で表現できない。今日は感覚だけが独立したように、霊の動きにうまく入り込めた。この対象への感覚の一致、同一に...

投稿日:2005年12月13日今日は寒さで体の手足の先などの感覚を失うくらいだった。もちろん瞑想の初期の段階では寒い。一定の集中状態に入ると、意識にずっとあった「寒い」という感覚がなくなることに気がついた。またアカギレのような痛みもなくなる。霊的領域には寒暖や痛みという感覚は存在できないようだ。

投稿日:2005年10月13日呼吸は吸うと必ず吐く。吸うことで生成し、吐くことで消滅する。吸ったものが、吐かれないことはない。生成すれば、消滅の他はない。2013年加筆上記を見ますと、「当たり前だろ」という声が聞こえてきそうです。しかし瞑想では当たり前のことを意識上で直視することがあります。これは意識の経験ともいえるもので、印象を得て、後日知識となることもあります。学校の勉強のように読んだりして聞...

投稿日:2005年10月9日今日は特に朝の瞑想で呼吸の吐き出すところに注意して瞑想していた。その中でも空気が出ていく音に。そのうちドイツ語のコードを受信するときのような、静かな「キーン」という音がいつもよりも大きく聞こえるのを感じた。その瞬間を境に突然、体の感覚(特に手)をかなり失った。意識ははっきりしているが、体の感覚は弱くなっているようだった。外で話している人の声・車の音は聞こえた。私は肉体で...

投稿日:2005年9月14日人は生まれた瞬間から呼吸を始め、死ぬまでひたすら呼吸を行う。呼吸を常時意識して行う人間はいなくて、それは自然のなせる行為である。呼吸や心臓の動きは人間の体の器官の機能であって、同時に自然に行われるものである。このような呼吸や鼓動は、天体の規則正しい運行と同じく、冷厳とした秩序の表れだったようだ。肉体(呼吸や鼓動)は天体と同じように物質世界の運行を秩序だって行っているもの...

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